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最近の日本のコーヒー(日本人のコーヒーの嗜好)はおかしくないか

何年も前から、ずっと同じインスタントのコーヒーを飲んでいるのだが、最近、「同じ銘柄なのに、どうも以前よりも苦味が増してきたのではないか」と感じた。

 

じつは、コーヒーに関しては、豆の産地の表示方法について、ルールがある。「レギュラーコーヒー及びインスタントコーヒーの表示に関する公正競争規約」がそれである。ここでは、 ブレンドの場合は、生豆生産国名を重量の多い順に2か国以上表示する(それ以外の国名については「その他」と表示する)ことになっている。

 

そこで、 このインスタントのコーヒーについて表示を見たところ、2番目に「ベトナム」とある。しかし、このインスタントコーヒーでは、かつてはベトナムという表示はなかったはずであり、だから購入していたはずなのだが。このインスタントコーヒーで、いつの間に、ベトナムのコーヒー豆が、2番目に多く利用されるようになったのだ!?

 

ベトナムのコーヒー豆は、ほとんどが苦いロブスタ豆である。どうりで、私の味覚が、「なんだか苦い」と察知したはずである。

 

2019/01/24付けの日本経済新聞朝刊には、こうあった。「これまでアラビカ種100%が多かった家庭用のレギュラーコーヒーでも、最近はロブスタ種をブレンドしてコストを下げた商品が出回ってきた。喫茶店の商品に加え、スーパーのプライベートブランド(PB)に使われる例もみられる」。本当か。

 

そこで、イオン系のスーパーで確かめてみたところ、確かにPBでは生豆生産国名でベトナムと表示されたものが、多数見つかった。まったくレギュラーコーヒーでベトナム産(のロブスタ豆)を使うとは、私にとっては愕然とする話である。

 

苦味のあるコーヒーがこれだけ売れるのは、なぜだろうか。上記日経によれば、「消費者の低価格志向」だそうだが、わたしは、日本人がこうした苦味のあるコーヒーを好むようになってきた、というのもあると思う。端的に言えば、苦味の強いコーヒーで眠気を覚ましたい、という需要があるのではないか。

 

なぜ眠気を覚ましたいのか。これは仮説だが、IT機器、特にスマホの普及によるブルーライトで、睡眠に悪影響が出ていることが関係しているのではなかろうか。

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続・日本のアパレル市場の変化、1990-2017

(このエントリーは、2018年3月5日付「日本のアパレル市場の変化、1990-2017 」の続きである)

 

『日経』2018.12.8朝刊によると、日本の衣料品の国内供給数量は1990年に11.54億点だったものが、2017年に27.98億点に増えたという。上記の2018年3月5日付エントリーで参考にした『日経』2017.12.30朝刊によると、2017年の供給数量は、1990年と比較して2倍の37億点だったということなので、随分と違うことになる。

 

それはともかく、この2017年の供給数量27.98億点という数値も曲者だ。というのは、2017年の実際の消費数量は、13.43億点だとされているからだ(差分は売れ残り)。また、1990年時点での消費数量は11.54億点だったという。

 

ということは、『日経』2017.12.30付朝刊での、「国内アパレル市場は1990年から直近に15兆円から9兆円に規模縮小」という金額の数値は正しいとすると、衣料品の消費単価(実際に売れたものの単価)の平均は、

1990年:12998円(=15兆円÷11.54億点)→2017年:6701円(=9兆円÷13.43億点)

ということになる。

 

前回のエントリーでは供給数量ベースで計算していたので単価が1/4に激減したとしたが、これは不適切だった。この『日経』2018.12.8朝刊に紹介されている消費数量ベースで考えるならば、衣料品の消費単価の平均は、この間に約半額になった、というべきだろう。

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日本が売られる (幻冬舎新書)

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