エネルギー・プラント事業とSI事業:IHIの業績下方修正に思う

IHI(旧・石川島播磨重工業株式会社)が、9月28日、08年の営業損益予想が400億円の黒字から170億円の赤字へと大幅な下方修正となることを発表した。週が明けて10月1日、同社の株価は前日比マイナス80円(マイナス22%超)のストップ安、281円で比例配分となった。出来高は567万2000株だが、まだ9241万株もの売り物が残った。このうちある程度は、空売りも含まれているだろうから実需の売りがどれぐらいあるのかはわからない。ただおそらく機関投資家がいっせいにぶん投げてきているのではないか。また、現在の需給不均衡から推察するに、2日続けてのストップ安となる可能性なしとしない。かつて数年前にソニーという大型株(発行済み株式10億株超)で3日連続ストップ安となったことがあった。IHIも発行済み株式が14億を超える大型株である。


今回のIHIの下方修正のニュースを見て、とっさに思ったのは、「エネルギー・プラント事業を手がける会社への投資は怖い」、ということであり、「プラント・エンジニアリング大手の、千代田化工建設のかつての事情と似ているのではないか」ということである。


IHIは物流・鉄構事業、機械事業、エネルギー・プラント事業、航空・宇宙事業、船舶・海洋事業、およびその他事業を手がける会社である。同社のリリースによれば*1、エネルギー・プラント事業以外の事業の業績見通しは、「数度にわたる入札指名停止の影響により公共事業関連工事の採算性改善が遅れている物流・鉄構事業が当初見通しに対して悪化傾向にある」ものの、「機械事業、航空・宇宙事業、船舶・海洋事業、その他事業については順調に推移」とのことであり、今回の下方修正はほぼもっぱらエネルギー・プラント事業の不振が原因である。

いったい同社のエネルギー・プラント事業に何が起こったのだろうか。リリースに再び眼を向けてみよう。なお太字箇所は当方によるものであり、文面は、リリースを要約したものである。

①海外におけるセメントプラントの採算悪化(約130億円):サウジアラビアで建設中のセメントプラントで、サイロ全面積の約60%程度に重大な欠陥があることが判明、大規模な補修が必要となった。この影響で完成が約1年間遅延することになり、多額の追加費用を計上せざるを得なくなった(この不具合に関しては、下請業者に求償中)。また、その他の海外セメントプラントにおいても手直し工事の増加等により工程が遅れた
②海外工事(セメントプラント以外)の採算悪化(約70億円):現在施工中の主要な海外工事としてはボイラ事業で5件・プラント事業で5件が同時に進行しているが、工程遅延・現地調達品の不具合等が発生して費用が増加しプロジェクト管理体制が混乱。
③国内ボイラ工事および化工機(リアクタ)における生産の混乱等(約230億円):ボイラ事業では12プロジェクト(国内7件・海外5件)を同時並行で施工するという、かつて例を見ない繁忙な時期を迎えたが、着実に施工するための経営資源が充分ではなく、設計能力の不足を原因とした生産・外注のやり直し・遅れが頻発し、工程に大規模な混乱が生じた。また化工機については、原材料の入荷遅れにより工場での生産遅れが発生した。
④請負金増額交渉の長期化等(約180億円):原子力事業で今年度竣工を迎える複数の工事について、仕様変更や追加工事に係る請負金増額を収益として業績見通しに織り込んでいたが、客先都合等により年度内での交渉決着が厳しくなり、業績見通しへの織り込みを見送ることになった。またボイラ事業でも、客先都合による費用増加分の求償の決着が不透明な案件があり、同様の措置をとった。


かつてバブル崩壊後に、千代建の経営が傾いたことがある。経営不振の主因は、海外を中心にプラント設計・建設事業で、大幅な採算割れプロジェクトを抱え込んでしまったことだった。あまりに経営不振になったので、倒産さえ噂され、いわゆる「51社リスト」にも名を連ねる有様だった。結局リストラに次ぐリストラ、プロジェクト管理の徹底(不採算にならないように運営を見直す)などが功を奏して倒産は免れたが、2001年には株式を減資し、投資家に多大な迷惑をかけた。もっとも、その後はエネルギー価格の高騰をうけて、エネルギー・プラント事業が世界的に拡大しており、同社は急速に復活した。株価の推移が、この間の同社の浮き沈みの激しさを、明瞭に物語っている。


どうしてエネルギー・プラント事業を手がける会社では、このように経営を揺らがせる大規模な業績悪化が起こるのだろうか?自分が思うに、その主因は、この事業の性質にある。IHIは確かに製造業に分類されている企業ではあるが、エネルギー・プラント事業は、自動車や電機、鉄鋼といった、あらかじめ決まった規格に基づいて同じものを同じ方法で大量に生産し続ける、という種類のものではない。そうではなくて、いわば毎回一回きりの事業であり、この「毎回同じ方法」か「毎回一回きり」かという点が、自動車や電機、鉄鋼などと違うところだ。同じものづくりの製造業だと思っていると、理解をまったく大きく誤るのである。そして、この毎回一回きりという点が、エネルギー・プラント事業の本質である。すなわち、プロジェクト毎に事情は異なるので、かつての経験則が必ずしも通用しない。しかも一件あたりの受注金額がでかい。規模が大きいから当然だし、うまく行くと非常にうまみが大きいのだろうが、プロジェクトの運営の舵取りを間違えると、かつての千代建のように、経営そのものの屋台骨までが揺らいでしまう。こうした性質は、自動車や電機、鉄鋼とは大きく違う点ではないかと思われる。


自分が知る限り、こうした「毎回一回きり」の事業を手がけている業種が、少なくとももう一つ存在する。SI(システム・インテグレーション)事業である。汎用ソフトと違い、企業・目的毎に作り上げる情報システムは、同じ方法で何度も繰り返して製造という種類のものではなく、「毎回一回きり」の製造である。また、実際の製造において下請けを多用するところも共通している。さらに、受注したプロジェクトの管理運営に失敗すると、プロジェクトそのものが大赤字になるというところまで、共通している。こうしてみると、エネルギー・プラント事業とSI事業は、よく似ていることに否応なしに気づかされるのである。


その傍証として、上に示したIHIによる「エネルギー・プラント事業の不振の原因」の要約を、とくに太字にした部分に注目しながら、もういちど見て欲しい。「工程が遅れた」「工程遅延」「設計能力の不足を原因とした生産・外注のやり直し・遅れ」「仕様変更」「客先都合による費用増加」・・・。どれもよくSI企業の情報システムプロジェクト(特に赤字の)で見聞きする言葉ばかりである。SI企業の人は、IHIの説明を読んで、苦笑いする人も多いのではないか。「なんかうちの業界と似ているな」、と。大規模な失敗SIプロジェクトだと死人が出るとよく言われているが、IHI関係者で死人が出ていないことを祈るのみである。


したがってはっきりしていることは、今回のIHIの下方修正は、ものづくりの競争力云々とは無縁だろうということだ。朝日新聞の報道によると*2、記者会見では「ものづくりの質が低下しているのではないか」という質問があったそうだが、これは違うだろう。問題の本質は、情報システムに通じている人ならわかるとおり、おそらくプロジェクトのマネジメントの失敗であり、プロジェクトの進捗管理・運営の失敗である。IHIの釜和明社長は、上記の質問に対して「そういう問題とは別だと思う」と述べたそうだが、自分も同感である。よって、こういうblogにはまったく同意できない(端的に言って、この人はものを理解しているとはまったく思えない)。→http://toucke.blog.ocn.ne.jp/toucke/2007/09/ihi_331b.html


SI企業は長らく、プロジェクトの設計変更、仕様変更、工程遅延などによる赤字発生をいかに回避するべきか、プロジェクトの進捗管理・品質管理・運営方法を検討し、発達させてきた。だからと言って、この業界に赤字プロジェクトがなくなるとはもとより思えないが、しかし、そうではあっても、IHIは、もしかすると、SI業界のプロジェクトの進捗管理・品質管理・運営方法を学んだほうがよいのかもしれない。IHIはエネルギー・プラント事業の今後の取り組みとして、ボイラ事業については、「現地建設工事を含む海外事業(EPC事業)からの撤退(ボイラ本体機器供給事業への特化)、機種の絞込み、新設工事案件数の制限を図る」とともに、「国内火力の保守・改造工事に注力」としているが、資本の利用方法として「失敗したから海外から撤退」で良いのかどうかは、疑問なしとしない。いきなり海外から撤退することを、投資家は必ずしも求めていないんじゃ・・・。


まあ、しかしやはり、千代建の過去の経営不振と復活の歴史を、紐解いてみたほうがよいかもしれないね。日本がすごいなと思うのは、こういうときにきちんと先行研究がすでに存在していることである。太田三郎「企業再生の事例研究:千代田化工建設を中心として 」『国府台経済研究』(千葉商科大学経済研究所)Vol.13, No.1 (2001/6) pp. 11〜27。なお太田先生は企業倒産・企業再生を専門とする、この分野では第一級の研究者である。

あとは、とりあえずこの辺。
http://ci.nii.ac.jp/naid/40006047785/
http://ci.nii.ac.jp/naid/40002807838/