読了(石井彰『石油 もうひとつの危機』)

石油 もう一つの危機

石油 もう一つの危機

近年の石油価格高騰をうけて出版された数多ある「石油本」のなかで、水準(格)の違いを見せつける本。石油をめぐる通説や俗説(「石油価格高騰の原因は、中国とインドの消費増だ」とか、「まもなく原油産出量はピークを迎え、以後減少に転じる」というピークオイル論など)の間違いを、一つずつ退けていく。と同時に、こうした通説や俗説が蔓延る原因を、人間の認識的歪みや社会心理を考慮しつつ、丁寧に解きほぐしている点も、類書にはない点である。このあたりは、本書の価値を高めている点の一つである。


石油市場が金融先物取引市場の影響を大きく受けるようになってしまったとともに、石油をめぐる認識共同体(エピステミック・コミュニティ)も、金融関係者が多数流入したことにより変貌を遂げた、などについて言及がなされている。また、今後数十年というレベルで見れば、石油の採掘・流通にとって大きなネックとなるのは、石油の枯渇ではなく(石油は枯渇しない)、むしろ石油枯渇論、ピークオイル論、石油業界斜陽論などの間違った通説に起因する石油工学等を学ぶ若者の減少と、それによる業界の人材不足・人材高齢化のほうだ、という指摘は興味深い。


著者は石油業界に熟達した石油エコノミストである。この本を読むと、「食料を専門とする某商社エコノミストのにわか石油本などをありがたがってはいけない」と思えてくる。見識の深みが違うのである。また、この本は、著者の見解がきわめて明確に出ている点でも優れている。少なくとも、事実がダラダラ書かれているだけで、著者の見解がさっぱり明確ではなく、読んでいてストレスが溜まってくる本とは違って、ついつい惹き込まれる面白さがある。ただ、通説への反論という色が強いので、初心者向きというよりは、むしろある程度石油をめぐる知識がある人向けだと言えるかもしれない。