読了/中逵啓示編『東アジア共同体という幻想』

東アジア共同体という幻想

東アジア共同体という幻想

版元からの恵投(ありがとうございます)。
編者の属する立命館大学のほか、アジア太平洋の5大学、計6大学によるシンポジウムの成果で、論文集。シンポジウムの開催から、本書の刊行までの間に月日がたってしまっており、一部の章の内容が若干古くなってしまっているのは残念。


東アジア共同体構想に必ずしも素直に賛同できないという編者の見解は、「まえがき」で萌芽的に示され、また「終章」では各章の議論をうけて、この考えが再度述べられている。自分は、この編者の考え方にかなり納得できるのだが、問題があるとすれば、各章の議論のすべてがこの「総論」を導く論考になっているかといえばそうとは思えない、という点である。つまり総論と各論との間で、スタンスにズレが見られるのである。また、好意的に解釈したとしても、東アジア共同体構想とは直接的な関連性のなさそうな論考も含まれているが、これらの章の存在は、「東アジア共同体」を題目にした書物としての体系性をむしろ損なってしまっているように思える。


この種の論文集にはありがちなことであるが、各章毎の論文のクオリティのばらつきは、大きい。個人的には、東アジア地域の経済統合を貿易面から扱った第1章と、日本のFTA戦略を扱った第4章から学ぶところが大きかった。特に第4章の「日本のFTA戦略の全貌と背景」は、カナダのマーク・マンガー(Mark Manger)による論考で、出色の出来である。二国間のFTAが締結されれば、企業は関税コストを削減できるので、投資相手先国に立地する他国の企業よりも競争上有利な立場に立てる、したがって二国間のFTAは、多国籍企業が投資先国での「立地特殊優位性」を獲得するための手段になっているのだという指摘は、斬新だが説得的である。マンガー曰く、「企業が主に本国から外国市場へ輸出していた頃は、多国間主義はより望ましいものであったかもしれない。しかしながら、FDIが重要性を増し、企業の優先も変化した結果、2国間協定の方が魅力的になっている」(p.95)。FTAといえばとかく貿易の実情にばかり注目が集まりがちである。しかしかつてドラッガーなどが述べたように、今や投資(FDI)が貿易を規定している時代である*1。だから、マンガーのように、貿易よりも二国間の投資の流れに注目して、そこから各国のFTA戦略を解剖することは、きわめて理にかなっている。


東アジア共同体については、理念や構想が先行している感があり、これを批判的に捉えた書物は少ない。本書は東アジア共同体に関する類書とは一味違う性質をもった書である。



 

*1:Drucker, Peter F.[1997], "The Global Economy and the Nation-State", Foreign Affairs, 76(5):159-171, Joseph Quinlan and Marc Chandler [2001], "The U.S. Trade Deficit: A Dangerous Obsession", Foreign Affairs, 80(3):87-97