読了/シンガー『子ども兵の戦争』

子ども兵の戦争

子ども兵の戦争

前著『戦争請負会社』で評判を集めたシンガーの最新作。戦争請負会社(PMF)が関与している戦争の多くが、いわゆる破綻国家(failed states)で生じている。そして破綻国家における戦闘当事者のうち一定割合を占めているのが、この子ども兵(児童兵)である。したがって、PMF問題の第一人者が、子ども兵の探求に乗り出すのは、至極当然のことだろう。


前著と同様本書でも、まず最初に、この問題の歴史――子ども兵は歴史上ほとんど存在していなかったことの確認――が炙り出されたのち、この新しい現象を規定する背景要因が検討に付されていく。主因は、①社会の崩壊と開発の失敗、②小火器の技術的な進歩による利用のしやすさの向上、③違法性のある新手の戦争の登場(利益の追求を目的とした戦争経済)、の3つである。とくに②については、このブログでも関連書を取り上げてきた、手入れが容易で故障しにくいAK銃(カラシニコフ)のグローバルな流通*1が大きく影響している、とはっきり指摘されている。


次いで本書では、実際にどのようにして子ども兵がリクルートされ(拉致や誘拐も多い)、訓練され、また戦闘で活用されているのかが詳らかにされている。興味深いのは、子ども兵を使う戦闘のインプリケーションが示されていることである。すなわち、①成人兵を使うよりも戦力を集めるコストが安くなるので戦闘行為に参入しやすく、また継続しやすい(戦闘の増大と長期化)、②戦闘組織の基本方針を確立する必要がない(強奪などの戦争経済にシフトしやすい)、③暴力にたっぷりと身を浸した人間を作り出すことで当該社会の将来の不安定の土台が、国境をまたがって形成される、などである。これらの指摘は、破綻国家や内戦、さらに平和構築のあり方を考える上で重要である。


こうして、子ども兵の背景要因や実情が解明されたあと、本書の議論は、子ども兵をなくすための対処法の多角的な検討へと進む。そのポイントは、子ども兵を使っている戦闘当事者のリーダーに対して、ICCなどを通じて厳罰を課すことで、大人の戦闘当事者リーダーが子ども兵を活用することを思いとどまらせるべきであり、これは、子ども兵を禁じる国際的な法整備や運動などよりもはるかに重要だという点に集約される。戦闘当事者のリーダーを動かすのは、グローバルなキャンペーンによる呼びかけではなく、彼らの利害であるのだから、この利害に働きかけるべきだという指摘には、基本的に自分も賛成である。


さらに、軍隊が子ども兵と向き合う上での軍事上の課題が論じられたあと、子ども兵を社会復帰させる方策が述べられている。そのステップは、①武装解除と動員解除、②心身両面の更正、③家族や地域社会への復帰、である。いわゆるDDR(Disarmament, Demobilization and Reintegration)と比較すると、子ども兵の場合、②の有無が一番の違いであるが、実際、子ども兵の社会復帰のステップで一番厄介なのは、②だという。子どもを兵士に駆り立てることが、大人と比較していかに心身両面で彼らにダメージを与えるかが、ここからもわかる。そして残念ながら、子どもの心身のケアというのは、復興支援に関する人材育成のなかでも、かなり立ち遅れている部分なのである。国際社会の課題は大きい。


子ども兵という問題自体については既に、NGOや市民団体などによってその深刻さが取り上げられており、また、破綻国家や内戦を研究する者の間でも認知されていたが、本書は、子ども兵を広範なパースペクティブのもと、冷静な筆致で明らかにした初めての本格的書物である。訳文は、前著よりもこなれており読みやすい。多くの人にレコメンドできるが、問題が問題であるだけに、人によっては読んでいると気分が滅入ってくることもあるだろう。その意味で、あまり体調の良くないときに読むべきではないかもしれない。


(追記)本書については、酒井啓子氏の朝日新聞での書評がある。やや手厳しい評価であるが、これは酒井氏のフィールドが、子どもが武器を取って抵抗せざるを得ないイラクだからだろう。

この書評の存在をもって本書の刊行を教えてくれた知人に感謝します。