論文?の検討

石田信隆「TPPと戦略的経済連携─「開国」幻想と決別し整合性ある貿易政策へ─」
http://www.nochuri.co.jp/periodical/norin/contents/3717.html

第二に,経済産業省の試算は,前提が異なり比較には耐えない数値である。この試算は,アメリカ,オーストラリアを含むTPPにEU,中国が加わり日本のみが外れるという極端な前提を置いて,2020年のアメリカ,EU,中国に対する自動車,電気電子,機械産業の輸出額を推計した。その上でこの数値と,現状延長で推計した2020年の輸出額の差を,TPPに参加しないことによる影響とした。このような恣意的な試算に意味があるとは思われない。

確かに、「アメリカ,オーストラリアを含むTPPにEU,中国が加わり日本のみが外れるという」のは現実離れしているというか、「極端」な前提ではあるかもしれない。だが、では他方の農林水産省の前提は、「極端」ではなく、リーズナブルなものと言い得るのだろうか。

農林水産省の試算結果は,TPPが日本農業に壊滅的な打撃を与えることを明らかにした。この試算は,主要農産品19品目について,内外価格差の実績を基に,輸入品と競合する品目は輸入品に置き換わり,輸入と競合しない品目(国産品嗜好の高い高級品等)は輸入の影響で価格が下がると前提して積み上げたもので,精度の高い試算である。それによれば,米は新潟産コシヒカリなどを除いて9割が輸入品に置き換わる。甘味資源作物はすべてが,牛肉は4等級と5等級を除くものが,豚肉は銘柄豚を除くものが輸入品に置き換わり,日本人の食生活は一変する。また,農業は関連産業のすそ野の広い産業であり,産業連関分析により試算した関連産業への打撃も,確度の高い試算である。
(3) 食料自給率14%の異常
TPP参加によって食料自給率(供給熱量ベース)が14%に低下するというのは,もはや独立国とはいえない事態を迎えることに等しい。


わたしには、「米は新潟産コシヒカリなどを除いて9割が輸入品に置き換わる。甘味資源作物はすべてが,牛肉は4等級と5等級を除くものが,豚肉は銘柄豚を除くものが輸入品に置き換わり,日本人の食生活は一変する」という想定が、どうしても妥当なものには思えないのである*1。直截的に言うとこれまた「極端」であって、「精度の高い試算」「確度の高い試算」だとはとても思えない*2。したがって、「TPP参加によって食料自給率(供給熱量ベース)が14%に低下する」と言われても、前提そのものに疑義があるのだから、ほとんど説得されない。


経済産業省の試算が「ポジション・トーク」だとすれば、農林水産省のそれもまた「ポジション・トーク」以外の何者でもない。およそ一般論として、省益の対立する見解において、一方が「ポジション・トーク」であり、他方が「ポジション・トーク」ではない、などということは考えられない。こういう、どっちもどっちな言い争いを「目くそ鼻くそ」と言うのである。経済産業省農林水産省も、くだらない省益争いのための「ポジション・トーク」を止めていただきたい。


自らに都合の良い極端な仮定のみ基づいた立論は、あまり学問的でも生産的でもない。もう少しリーズナブルな仮定に基づいた、恣意性を拝した立論が望まれる。極端な仮定による省益のための立論ではなく、リーズナブルな仮定による国益のための立論を望みたいものであるし、それが、学問に生きる研究者の矩であろう。この論文に対しては、「農林水産省マンセー乙」という印象しか持てない。


 

*1:たとえば、現時点でも、国産の豚肉は、米国からの輸入ものより高いけれど、わたしは高い国産を購入しており、米国産豚肉は買っていない。銘柄豚ではなくノンブランドの国産豚を買っている。

*2:慶大教授の木村福成氏も、農林水産省の「推計の前提にいろいろと問題がありそうだ」としている(『日本経済新聞』2010/12/1「経済教室」)。