北海道トムラウシ山での遭難事故に思う(2)

さてトムラウシ山は、アプローチが長く、難易度の高い山である。家族5人のファミリーハイクのペースでさえ、ヒサゴ沼避難小屋から短縮登山口まで、晴天時でも10時間程度かかると言われている*1。だからヒサゴ沼避難小屋を早朝に出発しない限り、日没までに短縮登山口にたどり着くことはできない。遭難したツアーの一行が、悪天候のなか、なぜヒサゴ沼避難小屋を5時半過ぎに出発したのか、疑問を持った人は多いと思う。だが天候が回復するのを待って10時出発ということにしていたら、山中で日が暮れてしまうから、これはできない相談なのである。


また、あいにく途中に避難小屋はない。しかもこのパーティは、ビバーク用のツェルトやテントを携行してはいたようだが、全員分の満足なテントを持っていたわけではなかったようだ。だから、とりあえず途中まで進んで、状況次第でそこで宿泊、というわけにもいかない。いったん出発したら、途中で引き返さない限り、とにかく一気に降りきるより他なかった。


だが、そもそも登山で10時間もかかる道を一日で歩き切るというのは、かなりの強行軍である。私の感覚で言えば、登山で一日に歩く時間は、6時間程度にとどめるのが良い。遅くとも朝8時までには出発し、昼の2時までにはその日の目的地に着く、という感じである。どうしてかというと、7時間を超すと、体力的にきつくなるからだ。雨風が強いと、時間に遅れが出るし、好天であっても、パーティーのなかで何らかのトラブルが発生して、思わぬ時間を食ってしまうとも限らない。そういうときに備えて、スケジュールに余裕を持たせることは、登山において必要不可欠である。


トムラウシの遭難事故は、高齢者15名+ガイド3名のツアーのパーティーだった。家族5人のファミリーハイクよりも、ペースは落ちるはずである。となると、ヒサゴ沼避難小屋から短縮登山口まで、10時間以上かかると見るべきではないのか。この事実だけでも、天候が良くない限り、この長時間の道を一気に下ること自体、リスクがある。また仮に当日晴れていたとしても、前日までが大雨だったら、登山道がぬかるんでいることは確実だから、やはり10時間以上かかるだろう。つまりその数日前から天候が良く、当日も天候が良くない限り、このルートを一日で降りようとするのは危険である*2


いずれにしても、この山は、ツアーのように初めて会う者同士でパーティーを組んで行くべきではない。お互いの体力や気心の知れた者、一緒に山登りをしていて、お互いの登山の「クセ」まで把握した者同士で、スケジュールに余裕を持って行くべきだ。


そうでないと、いざという時に、歩けなくなった同行者のためにその場に止まらざるを得なくなり、体力を奪われて、巻き添えを食らう形で死に至る可能性もある。これを避けるためには、動けなくなった同行者を見捨てて、動ける者だけで先を急がざるを得ない。究極の選択である。


実際、トムラウシの遭難事故でも、歩けなくなった参加者が出たために、他の同行者全員が、風を遮るものが何もないところで1時間半以上留め置かれた、という(参加者の一人の戸田新介さんの証言)。これでは、歩ける者の体力まで奪われてしまう。戸田さんがガイドに対して「指示なしで放っておかれては、死んでしまう」と述べたことで、ガイド同士が相談した結果、動けない者とガイドを残して、動ける者とガイドあわせて11名だけで先を急ぐという判断が下されたようだ。だがこの1時間半以上の留め置きは、参加者の時間と体力を奪い、結果としてこの11名の中から4名の死者が出た。この人たちは「巻き添え」を食らって死んだ可能性がある。


戸田さんがえらいのは、途中まで、歩けなくなった人に肩を貸しながら下山していたことである。だがしかし、寒さと疲れで自らも命の危険を感じ、途中でこうした人を置いて降りざるを得なかった、という。これについて戸田さんは「自分の能力の限界を超えていた。ただ、後で考えると少し薄情なことをした」と番組で言っていた。しかし、会ったばかりの素性もよく知らぬ相手に付き合って、死に至るわけにはいかない、というのが人情だろう。また、戸田さんは途中までは同行者をサポートしていたのだから、薄情だったとは言えない。それに戸田さんは、本来ガイドがなすべきことを、多くしたようだ*3。彼がいなかったら、死者はもっと増えていたようにさえ思える。

(参考)
http://blog.livedoor.jp/waninoosewa/archives/695662.html


 

*1:http://subeight.wordpress.com/2009/07/20/tomuraushi-3/ http://www.enjoyhike.com/hiking_records/200808taisetsu3.htm

*2:ヒサゴ沼避難小屋から、短縮登山口まで一日で降りるのではなく、南沼キャンプ場でテントを張って宿泊し、二日かけて降りるというのが、安全な縦走である。http://www.sp3.com/~katoh/1997/J9708DAISETSU.HTM

*3:http://mainichi.jp/chubu/newsarchive/news/20090720ddq041040004000c.html http://tozansupport.blog31.fc2.com/blog-entry-722.html