読了(杉山『グローバル経済史入門』)

グローバル経済史入門 (岩波新書)

グローバル経済史入門 (岩波新書)


学問分野が細分化されている昨今、テキストとは言えども、世界経済史を単独の著者が書き記すのは、まったく容易ならざることだろう。だが、著者はその困難に敢えて挑んだ。まず、このことは高く評価されるべきだろう。「あとがき」によれば、本書は、著者が長年教壇に立った慶応大での講義を基礎にしたものだというが、おそらくそれゆえにこそ、書きあらわされた書とも言える。また、世界経済史の著作としてはやや異例ながら、アジアに相当の分量を割いて論じていることや、日本経済の江戸時代からの発展過程を世界経済の発展過程のなかに位置づけて論じているのも、特筆されるべき点である。また、最近のグローバル・ヒストリーの研究動向を反映してか、エネルギーについての視点が重視されていることにも、好感を持った。


ただ、著者は本書の範囲を「約700年」と言っているが(p.12)、これはどうか。700年ということは、1300年代の前半から議論がなされるはずであるが、1300年代についての記述は、本書では、ごくわずかしか見当たらない。1400年代についての記述は、さすがに増えるが、それでも全体から見ればわずかであることに変わりない。本書で扱われる主たる時期は、やはり大航海以降の約500年である。


新書という制約のなかで、世界経済史の約500年を論じたがゆえの結果なのか、本書の記述は、事実関係の簡潔な紹介に徹する形で淡々となされており、著者の思いや息遣いのようなものは抑制されている(「エピローグ」を除く)。つまり、川北稔や玉木俊明の新書のように、著者の思いや息遣いが伝わってくる本と比べると、随分とトーンが違うのである。したがって、世界経済史の基礎知識=史実についてある程度の知識を持っている者にとっては、本書をグローバル・ヒストリーの観点からの史実の再解釈の書として読めるにしても、この淡々とした叙述ゆえに、「入門」を謳う割には、初学者が引き込まれる読みやすさを備えているとは言えないように感じられる(こうした点では、川北や玉木の本のほうに、分がある)。私自身は、本書と同じようにアジアに重点を置いた世界経済史の書物としては、本書よりも史実を丹念に紹介しつつ、著者の息遣いもある程度感じられる『世界経済史入門:欧米とアジア』(長岡新吉・太田和宏・宮本謙介編、ミネルヴァ書房、1992年)のほうが、初学者にとっては学びやすいのではないか、と思う。したがって、本書は、世界経済史の完全なる入門書ではなく、むしろ、世界経済史についてある程度の知識を持っている者が、それらを関係史的な視角から捉え直すための入門書である、と評されるべきだろう。