読了

高橋琢磨「21世紀企業モデル」『知的資産創造』00年9月号

http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2000/pdf/cs20000906.pdf

産業革命時代]

創知:大学や街の発明家

     ↓

商業化:企業家(ベンチャービジネス



[19世紀末または20世紀前半〜20世紀末](大企業モデル)

創知:大企業の研究開発部門

     ↓

商業化:大企業(の製品開発部)



21世紀型企業、とりわけバイオ・ITでは、創知と商業化の関係が、「産業革命時代」に似た側面を持つようになるという。というのも、こうした「サイエンスドリブンな産業」では、創知と商業化との距離が小さく、研究成果が商業化にダイレクトに結びつきやすい。そのため、この両者を担う組織が分化しても差し支えない(ダイレクトに結びつきにくい、20世紀の時代には、大企業が一貫して担うほうが有利)。それどころか、分化し競合すればするほど、全体としてイノベーションの確率は上がることになる。だから産学連携とベンチャービジネスの活性化が重要だ、というお話。

こうなってくると、仕事を行なうチームや企業のサイズが小さくなってくることが予想される。そしてそれは、現実にも統計的に裏付けられるようである(瀧澤弘和「シリコンバレー・モデルと生産物システムのモジュール化」『経済研究年報』(東洋大学グローバル・エコノミー研究センター)第27号、2002年、などはこうした指摘について言及している)。だから極論すれれば、大企業として多くの労働者を纏め上げなくても、個人をネットワークで繋げばいい、ということになる。

よってこういう時代には、これまで以上に、組織を統合する「企業文化」の重要性が増してくる、という。つまり、新しい価値を生み出す創発を促す「場」を提供できるということが、単なる人の集合体ではなく企業として存立する上で重要になってくる、ということだ。こうして議論は、野中他の「知識創造企業」論に近づいていく。

発表時期に見るべきものがあるが、内容については、いまとなってはさほど新味はない。





玉田樹・高橋琢磨他「科学技術政策の転換:独立した研究市場メカニズムの形成を通して」『知的資産創造』00年11月号

http://www.nri.co.jp/opinion/chitekishisan/2000/pdf/cs20001111.pdf

産業化には3つのフェーズがある、という。すなわち「サイエンスドリブン」「エンジニアリングドリブン」「情報ドリブン」である。一般に産業の発展は、この3つを前から後へ移行していくという。サイエンスドリブンは開拓期、エンジニアリングドリブンは確立期、情報ドリブンは成熟期、というわけだ。この分け方には疑問がないわけではないが、新味はある。

いいかえれば、ITやバイオも、今は「サイエンスドリブン」のフェーズだが、やがて「エンジニアリングドリブン」の時期に移行する(半導体はもう既に移行してしまった)と言える。ずっと同じ技術的性質を持つことはない、という指摘、これは大事である(同様のことは、藤本schoolのアーキテクチャ論にも言える。アーキテクチャも固定的なものではない)。

また、サイエンスドリブンな産業や情報ドリブンな産業では、エンジニアリングドリブンな産業と異なり、「いくつもの可能性を試したり、キラーアプリケーションを探し当てたりする実験的なプロセスが必須」になり、「そこでは、エンジニアリングドリブンな産業では必須ではなかった大学や研究機関との共同作業が必要になる」という(p.73)。また、「サイエンスドリブンな時代に重要なのは、新しい発明・発見が叢生する仕組みを構築すること」と強調されている(p.75)。要するに、確定した経路が存在しない以上、実験的トライアル・アンド・エラーで可能性を探っていく仕組みを構築すべし、ということだ。

こうして議論は、政府と民間の双方が資金提供・評価者となる研究市場の確立(研究者が政府の競争的資金にオファーした研究課題を、企業に開示することで、民間企業−研究者間の市場メカニズムを確立する)、研究資金配分のあり方、事業化を含めた研究評価メカニズムの確立など、科学技術政策のあり方に対する提言に進んでいく。



啓発される指摘はある。だが問題もある。それは、「サイエンスドリブン」と「基礎研究」、「エンジニアリングドリブン」と「応用研究」を同列に扱っていることである。この結果、「海外で開発された製品コンセプトに磨きをかけて、効率で勝負するというビジネスコンセプトは破綻している。キャッチアップ過程を追えた日本は、基礎研究に資源を投下するとともに、サイエンスドリブンな産業にも目を向けていくべきだ」などという、お馴染みの主張がなされている(p.73)。

だが、「サイエンスドリブン」と「基礎研究」を同列に扱ってはならない。この両者を同列に扱うことには何の根拠もない。こうした同列視の背後には、「研究→開発→製品化→生産→販売」というリニアモデルが存在している。そして研究と開発が重要=サイエンスドリブンな産業、製品化と生産が重要=エンジニアリングドリブンな産業、という区分けが念頭に置かれている。しかしそもそも、研究と開発と製品化と生産は一方向のものではなく、各フェーズが行きつ戻りつすることも多い(「連鎖モデル」)。さらに、昨今のサイエンスドリブンな産業は、最初から製品化・生産・販売を視野に入れているために、この傾向は強まっている(これは特にITにおいて顕著)。「サイエンスドリブンな産業」=「基礎研究」ではない、このことを強調しておきたい。