読了(守屋『「普天間」交渉秘録』)

「普天間」交渉秘録

「普天間」交渉秘録

読んでいてため息の出てくる本である。面白くないからではない。辺野古への代替基地建設をめぐる交渉の複雑さと、関係者の魑魅魍魎ぶりが、これほどのものだとは知らなかった。この複雑さと関係者の魑魅魍魎ぶりを思うと、この問題をめぐっては今後も長らくの間、並大抵ではない困難が予想される。その困難さを認識させられることで、思わずため息が出てきてしまうのである。


普天間基地問題に限らないのだろうが、大きな意思決定には、さまざまな利害関係者がいる。国内の中央だけでも、中央省庁(防衛省、外務省、内閣府)、内閣(防衛大臣外務大臣内閣府沖縄担当大臣、官房長官そして首相)、自民党関係者などがいる。それぞれのセクターのなかに、多様な考え方と利害を持ったアクターがいるので、方々でさまざまな対立が幾度も繰り返される。すなわち防衛省の官僚と外務省の官僚との意見対立、防衛省の官僚と官邸スタッフとの意見対立、防衛大臣外務大臣との対立、防衛大臣官房長官の対立などである。情報操作を行ないながらこの対立を巧妙に作り出して、自らの利権を獲得しようと立ち回っているのが、地元沖縄(名護市、北部首長会、県)の政財界であることが、本書からは窺える。沖縄には本土の政治家の後援会があり、彼らに支援されている政治家たちが、この沖縄政財界に利益になるよう一枚噛もうとしている。沖縄の人々による交渉の引き延ばし、二枚舌、中央関係者に向けた情報操作と、その延長線上にある自らに都合の悪い中央のプレイヤーの遠隔排除などには、驚かされるばかりである。


本書には、さまざまなプレイヤーの実名が、発言と行動付きで出てくる。その赤裸々ぶりは、「こんなに書いて大丈夫なのか」とこっちが心配になるぐらいである。官邸の意向に沿わない大臣、対立関係にある自民党閣僚、そして驚くべき発言とビヘイビアを繰り返す沖縄の自治体関係者、そしてアメリカ政府の関係者たち・・・タフなプレイヤーたちばかりだ。


プレイヤーたちのビヘイビアのうち、わたしにとって印象的だったものに、時間の問題がある。たとえば、アメリカの国防総省次官補と日本側(大野防衛大臣)との会談は、全日空ホテルで夜の10時に始まったりしている。日本側の関係閣僚会議(麻生、額賀、安倍)も、ホテルオークラで夜の10時から始まっている。名護市と防衛庁との会談は、ニューオータニで夜8時からである。こういう面々と付き合う守屋次官にとって、深夜まで会議が長引いたり、事件事故が発生して真夜中の就寝中に携帯電話で呼びされるのはザラである。小池百合子氏は、沖縄担当大臣に就いたあと初めて守屋氏と面会するにあたって、深夜の11時に広尾の焼肉屋を指定してきたという。いくら政治家が忙しい人種で役人をこき使う立場だとはいえ、初対面の人と会うときに深夜の11時とか指定しないだろう、普通。しかも深夜に焼肉ってのもどうなのか。本書は、守屋氏が小池氏によって退職に追い遣られるところで終わるのだが、これは沖縄側にとって鬱陶しい存在だった守屋を排除したい沖縄の意向を小池が受けたかたちでなされたらしいことがわかる。いずれにしても、沖縄の交渉力と、沖縄問題の複雑さ・難しさの一端が窺える本である。