読了

高学歴ワーキングプア  「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書)

「問題指摘として大事な点がない」とは言わない。大学院重点化による博士量産は「膨大な人的資源の浪費を政府主導で行なっているようなもの」(p.96)、「税金が無駄に使われている」(p.137)など、うなずくべき指摘がないわけではない。
しかしながら、本書には、単なるミスとは思えないあまりに多くの嘘、事実誤認、不適切な説明、真実を歪めかねないデフォルメされた表現、数多くの誤植や誤字脱字などがあり、正確性には難があり過ぎる。アカデミズムに属さない人たちによる「大学バッシング」を惹起することが目的ではないかと勘ぐりたくなるような「事実」描写さえある、という意味で、きわめて問題の多い本である。さらに、筆者が指摘しているように、博士が量産されているのは事実だが、学生サイドがあたかも受動的に指導教官に強く勧められるままに半ば騙されて博士課程に進学したかのような描写は、端的に言って不適切である。それが事実なら一種の「拉致」であり、それは日本国内ではありえないことだ。学生サイドにも大学院に進学したいという欲があったのであり、大学院生やポスドクを悲劇の主人公として強引に描き出そうとする本書の叙述スタンスには、正直言って不快感を催す。
「博士フリーター」に関する正確な問題提起が強く望まれているだけに、問題含みの本書が、この問題に関する書物の先駆けとなってしまったことは、日本の博士フリーターやポスドクにとっては、幸いではなく不幸なことである。そもそも筆者は、「人間環境学博士」と名乗っているが、これは詐称であり、正しくは「博士(人間環境学)」である。博士問題を論じる人間が、この程度のことさえ正確に名乗れないというのでは、情けなさを通りこして、呆れてしまう。以上から、光文社には本書の絶版を勧告したい。というか、お金はいいから、しょうもない本書を読むのに費やした時間を返せ