読了/熊沢誠『若者が働くとき』

若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず

若者が働くとき―「使い捨てられ」も「燃えつき」もせず

一方の極にある、いわゆる「ニート、フリーター」の存在という現実と、その対極にある「勤労者の長時間労働」(男性25-29歳で57.3%、30-34歳で60.3%が週49時間以上の労働)という現実を、切り離して別々に考えるのではなく、若者労働を取り巻く厳しい状況として、両者を地続きのものとして考察した書。著者は、この両極に分解する傾向にある若者をめぐる労働の厳しい状況の一因を、労使関係の不在に見出している。つまり若者には、現在自分が置かれている労働をめぐって我慢か転職かという二者択一の選択肢しか頭になく、「労働組合によって職場を住み良くするという発想」(p.11)がない、というわけであり、このように若者が労使関係の視点を欠いているという「歯がゆさ」は本書の基本的なモチーフとなっている。いかにも、長らく労使関係論を専門としてきた著者らしい。


また、学校教育制度において、職業教育が必要だという主張は、本田のそれ(http://d.hatena.ne.jp/eurospace/20061229)と通じるものがあるが、著者が言うのは、「専門性を高めろ」ではなく、高校生全員に対して「職業教育総論」のようなものを課すということであり、具体的には①この社会のなかにあるさまざまな仕事の数的比率や、その社会的役割などを教える、②それぞれの仕事のやりがいを語る、③仕事のしんどさを改善する方途について語る(労働三法の存在、社会保障のしくみ、最低賃金の存在など、勤労者として世の中に出て行く上で必要となる知識を教えておく)、④消費者教育、司法参加、金融教育に関することを教える、である。自分は本田の主張よりも、この熊沢の主張に惹かれる。


本書は割とデータが充実していて、これだけでも役に立つし、何より語り口調なので読みやすい。ただ、事実誤認に近い表現が散見される点は問題がある。たとえばその第一は、「フリーターやニートは、そのつなぎの職場において仕事の重圧から生気を喪った正社員の姿を垣間見て、正社員になんかなりたくないと感じてもいる」(iiページ)という表記。少なくともフリーターに関しては、その大半が本当は正社員になることを望んでいるのが実際である。熊沢氏が長時間労働に喘ぐ正社員というイメージを打ち出したいのはわかるが、ちょっと筆が滑りすぎである。

第二は、「総じて高卒者は、短大や大学の卒業生、または主婦パートタイマーによって、『事務』や「販売』からはじき出されているのです」(p.154)という表記。確かに著者が示す表4-2(p.155)によれば、高卒男子の就職先としては「事務」が3.3%、「販売」が10.1%、あわせて13.4%だから、はじき出されていると言って良い。しかし、女性はかなり違っていて、「事務」が24.6%、「販売」が17.2%、あわせて41.8%もある。だから「総じて」「はじき出されている」というのは、ちょっと言い過ぎだと思う。なおここで表に示された男子の人数は136,889人、女子の人数は、110,185人となっており、合計は247,074人。したがって男子の「事務」と「販売」は136,889人*0.134=18343人、女子の「事務」と「販売」は110,185人*0.418=46057人。男女を合計すると、18343人+46057人=64400人、全体に占める比率は100*64,400/247,074=26%となる。全体の74%を「総じて」と形容するのは、ちょっと引っかかる。関連して、このページで「商業学科ではさすがに『事務』が女性では一位、男性では二位にくる」とあるが、数字を見る限りでは男性は「四位」の間違いである。


本田の書でも指摘されていることであるし、他のところでも言われていることだが、本書を読むと、日本企業が1990年代、特に後半以降、社員を長期的に育成するということをしなくなってきていること、そして「即戦力」を期待するようになっていることがわかる。この指摘は、自分自身の経験とも整合的である。かつて90年代末に会社勤めをしていたことがあるが、当時から既に、「即戦力」であることを求める風潮は社会的にあったし、若手社員であっても「できて当たり前」「できないのはおかしい」という圧力もあったように思う。そしてそれゆえに、年長社員が若手社員に目をかけて、育てていくということも、激減していた。これらのトレンドについて自分は、当時からある種の「心地悪さ」を感じていたが、なぜこうした心地悪さを感じてしまうのか、その原因が経済的社会的な構造変動にあるとは思わず、ただ即戦力になれない自分が悪いのだ(「自己責任」)とばかり思い込んでいた。無知とは恐ろしい。


それにしても、「あなたは、自分が若手社員に求めているそれらの能力を、あなた自身は入社して間もない頃から、きちんと持ち合わせていたのですか?あなたは、若手の頃に、年長の社員に目をかけてもらって育てられてきたのではないのですか?それならどうして、それと同じことを、今度は若手社員にしてあげないのですか?」と問われたとき、現在、企業経営の第一線に居る人たちは、さて一体なんと答えるのだろうか?