読了(オックスファム・インターナショナル『貧富・公正貿易・NGO』)

貧富・公正貿易・NGO―WTOに挑む国際NGOオックスファムの戦略

貧富・公正貿易・NGO―WTOに挑む国際NGOオックスファムの戦略

良い本である。WTOによる現在の世界の貿易ルールが、いかに先進国に有利となっており、逆に途上国には不利であり、それゆえに途上国は貿易を通じた経済成長と貧困削減という恩恵を十分に受けることができていないかを、論じた書物である。反グローバル化派、親グローバル化派のいずれにも組することなく、貿易の利益をいかに途上国の貧困削減に生かしていくべきか、そのためには現在のWTOの内実や協定をどのように改善していくべきなのかが、体系的にまとまって論じられている。

本書ではとりわけ、先進国における輸出補助金付きの農産物貿易と、TNC多国籍企業)に有利なWTOのルールが、執拗に批判されている。このように、先進諸国のご都合によりゆがめられたWTOの内実を批判した書物であるが、議論はあくまでも冷静かつ建設的である。これは、例外が多く必要となる農産物貿易のうち途上国からの輸出が多い熱帯産の一次産品農産物についての議論でも変わらない。具体的に言えば、フェア・トレードには限界があり、むしろ国際商品協定のニューバージョンが必要である、と論じている。

さらに本書では、WTOによりルール化が進んだ知的財産やサービス貿易についても、一章が割かれており、この分野に関するWTOのルールの問題点を知ることができる。国際経済を一通り学んだ学部上級生はもちろんのこと、大学院生・研究者にも裨益するところ大の書物である。ただし、本書の細かな間違いを一点だけ挙げておくと、350ページで「WTOの年間総予算は800億ドルに過ぎず」とあるが、07年のWTOの予算は1.8億スイスフランであり、1スイスフランは約100円弱だから、日本円で174億円ぐらいである。したがってドルで言うと2億ドルに達しないレベルであるから、「800億ドル」というのは明らかにヘンである。

このように、数字の細かな間違いはあれど、基本的には貿易と貧困削減に関する優れた書物である。しかし、そうでありながら、邦訳のタイトルが『貧富・公正貿易・NGO』というのは、ちょっといただけない。端的に言って、内容をうまく表してない。原著のタイトルは、Rigged Rules and Double Standards: Trade, Globalisation, and the Fight against Povertyである。WTOのルールのおかしさと先進国のダブル・スタンダードを批判した書物なのだから、『貧富・公正貿易・NGO』はないだろう(新評論のこのシリーズだから、最後に「NGO」という三文字をつけたかったのだろうことは、推察できるのだが)。実際、NGOについての議論はほぼ皆無である。せめてサブタイトルにしたがって『貿易・グローバル化・貧困との戦い』ぐらいにしたほうが良かったと思う。

なお、日本語の訳文はとてもこなれており、全体として極めて読みやすい。ただし88ページで「思いやりの経済(care economy)」とあるが、これは介護・看護・医療・保育といったいわゆる「ケア労働」に関する経済活動を指しているように思われ、そうであるとすれば、「思いやりの経済(care economy)」というのは、ややわかりにくい訳語のように思われる。それと394ページで、 Rich and Poor Countriesの著者がSinger, H. and J. Amajariとなっているのは、Singer, H. and J. Ansariの間違いである。