キャリケースを、もう止めよう:日本にキャリケースは向かない

年末年始に、国内をあちらこちらに出かけたが、どの駅も空港も、キャリケースを引きずり回す者ばかりで溢れている。

キャリケースをめぐって事故が増えていることは、少しニュースに関心のある心ある人ならば、誰でも知っていると思う。実際、新幹線の車内では「キャリケースをめぐる事故が増えているので注意されたし」というアナウンスが、いつの間にかなされるようになった。

車輪付きバッグ、雑踏の迷惑にも…「安全運転」を
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/news/mixnews/20080315ok01.htm


以前に、ある方とキャリーケースについて話をしていたら、その人は「わたしは、キャリケースを引きずり回している人の傍を歩かない。そういう人に近寄らず、避けるようにしている」と言っていた。そのときは「なるほど、卓見だ」と思った。だがよく考えてみると、普段ならばいざ知らず、帰省や旅行で混雑する時期には、駅や空港ではキャリケースを引きずり回す者があまりにも多く、そういう人の傍を歩かないとか、そういう人に近寄らないというのは、現実問題としてほとんど不可能に近い状況になっているのである。


先日、一番背筋が凍ったのは、下りのエスカレーターに乗っているときに、後ろ(上)を見上げると、自分の前にキャリケースを置いて、キャリケースから手を離し、携帯をいじっている男性がいたことである*1。おい、そのキャリケースが、何かのはずみで、間違ってステップを前に転がり落ちたらどうするのかね。前に居る人が怪我をすること必定であるし、それが子供であれば頭をうって相手を殺める可能性だってある。しかし当人には、そういう配慮がないらしい。ちなみにそのエスカレーターは、「一車線」タイプ、つまり人間一人分の幅しかないエスカレーターだったので、荷物が本当に転がり落ちてきたら、避けようがなかった。マジ怖かった・・・。


これは、30代の男性だったが、配慮のなさは、もっと年長者だってかわらない。ある空港から電車(特急タイプの座席配列)に乗ったら、かなり大きなキャリケースを、自分の席の後ろの開いているスペースの部分(電車の乗降口付近にある広がりのあるスペースの部分)に置いて着席した、50代と思しき女性がいた。え?そんなところに手を離して置くの?電車が動きだしたら、そのキャリケースも当然、ゴロゴロと転がっていくと思うんだけどなぁ・・・。隣にいるわたしは、それがこちらの膝を直撃でもしたらどうしようかと心配になり、その彼女とキャリケースを交互に睨みつけたのだが、彼女はまったく意に介さない。案の定というべきか、数分して電車が出発したら、ほどなくして、キャリケースはゴロゴロところがって、車内の反対側の壁にぶつかって止まった。そこに人がいなかったから、よかったものの、小さな子供でもいたら、確実に怪我をさせていたよ。というか、電車が止まったり発車したりする際に車輪のついたケースが転がるであろうことぐらい、50年余も生きていて想像がつかないのか。いったい今までどういう生き方をしていたのか、不思議でしょうがない。知性の問題ではない。智恵とか想像力というものを、働かせることができないらしい。


また、駅(複数)の構内では、比較的小さなキャリケースを振り回して遊んでいる小学生低学年ぐらいの子供がいた。親や祖父母は、傍にいて、止めさせようともしない。



わたしは、日本人は、国内旅行ごときでキャリケースを使うのを、もう止めるべきだと思う*2。こう言うと必ず、「それは使う人のモラルであって、モラルを高めていけば良い」という人がいるが、違うと思う。日本にキャリケースは向かないのだ。その理由を説明する。

そもそも、日本で、国内旅行ごときで、キャリケースを引きずりまわす人というのは、十年前にはほとんどいなかった。比較的最近になって、急速に普及し始めたものである。キャリケースを引きずり回す文化は、アメリカから入ってきたものだろう。

アメリカ人というのは、まず電車に乗らない国民である。アメリカという国は、電車という公共交通機関がほとんど発達していない。もちろんNYなどの大都会に行けば、地下鉄はあるけれど、電車で長距離を移動するということがない。ちょっと離れたところに移動するとなると、どこに行くにも、飛行機である*3。そしてその飛行機に乗るためには、空港に行く必要があるが、アメリカ人は日本人のように、電車にのって空港に行くわけではない。自宅からクルマで空港に乗りつけ、空港脇のだだっ広い駐車場にクルマを乗り捨てて、搭乗するわけである(到着地ではレンタカーを使う)。

アメリカ人の国内の移動は、すべてこういう調子であって、家から駅まで歩くということがない。「荷物をたくさん抱えて、駅まで歩いたり、電車やバスに乗ったりするのがたいへんだから、荷物を減らそう」という発想も出てこない。片っ端からトランクケースやキャリケースに荷物を放り込み、それを自宅でクルマに積んで空港に行けば、あとは目的地まで行ける国、それがアメリカである。ここで重要なのは、荷物を抱えて歩く移動のためのパブリックスペースというものが、空港だけであり、そしてそのアメリカの空港というのは、とても広く、人にぶつかったりすることがない、という点だ。

他方で日本ではどうだろう。まず土地が希少だから、空港といえども、アメリカのように広くはない。しかし、決定的なのは、国内移動のために空港に行くにしても、まず電車に乗らねばならず、さらに、そもそも国内移動のかなりを電車に依存しており、その駅や車内は人でごった返す場所であり、しかもその電車では、飛行機と違って、旅客が座るスペースに荷物を持ち込まねばならない、ということだ。これが、アメリカと決定的に違う点である。そもそも、日本の電車や地下鉄などでは、荷物というものは、網棚に置くのが普通である。ところがキャリケースの場合だと、大きすぎて網棚に置けないとか、重いので上の網棚に持ち上げようとしない(女性に多い)とかいうことが、よくある。それが通路にはみ出すので、車内では邪魔だし、あろうことか、その荷物から手を離す不届き者がいて、それが車内でゴロゴロと転がって危険なのである。アメリカでは、人ごみのなかをキャリーケースを引きずり回して歩くという必要性がないが、日本という国は、人口密度が高く、多くの人間を一度に大量に運ぶ電車が公共交通機関として発達し、その車内では荷物は網棚に置くのが適切だとされている国なのであって、そういう国で、キャリケースを使うということは、そぐわないのである。


わたしは、日本でキャリケースを使うというのは、あたかも、日本の狭い路地をアメリカの大型リムジンで走ろうとするようなものだ、と思う。狭い路地に乗り入れることは、軽自動車ならば可能だが、リムジンでは不可能である。同様に、人ごみで混雑するターミナル駅や車内にキャリーケースを持ち込むというのは、そもそも間違っている。日本にキャリケースは向かないのである。もちろん、海外に行くのならばキャリケースを使うことは当然で、これを責める気はない。ただ、たかが国内旅行のために、ラクだからという理由でキャリケースを使うのは、不適切である。日本にキャリケースは向かない。たかが国内旅行ごときで、キャリケースを使うのを、日本人はもう止めようではないか。




 

*1:わたしは、むかしから、高低差の大きいエスカレーターに乗っていると、「何かのはずみで上から人が倒れてきてドミノ倒しになったらどうしよう・・・」と心配する癖がある。だから、こういうエスカレーターの上りでは、前にいる上の人が倒れてきても大丈夫なように、前の人との間隔を十分にあけるようにしている。それができないほど混雑しているとか、下りのエスカレーターで、後ろの人との間隔をあけるのが難しい場合などには、立ち止まらず歩いて降りることも多い。一番怖いと思うのは、地下深い永田町駅エスカレーターと、東京駅の総武快速線エスカレーターである。どちらも高低差が大きいからである。

*2:私はもう止めた。荷物が多くても複数のカバンを持ち歩くことにしている。メリットはいろいろある。まず荷物を抱えて走ったり階段を駆け上がったりすることができる。荷物を機内に持ち込むことができる。荷物を網棚の上に置くことができる。間違って人にぶつけても、カバンは布製であって、硬くはないので、相手に怪我をさせるということがない、などである。

*3:だから公共交通に占める飛行機の割合は、日本と比較して格段に高い。これが、アメリカにおいて、航空業の規制緩和が重要視されてきた理由の一端だろう。