「圧縮された工業化」と帰省ラッシュ

年末のエントリーで、帰省ラッシュをトッドの家族類型から考えたが、特段トッドを持ち出す必要はなかったような気もする。というのは、帰省ラッシュというのは、都市化が急激に進み、農村部から都市部への大規模な人口移動(農工間移動)が短期間で成し遂げられた国でしか起こらないからである。帰省ラッシュは、農村部で生まれ育ちながら、職を得るために都市に住むようになった人が、故郷である農村部に一時的に一斉に帰ることを意味している。だから、日本でも帰省ラッシュなるものが生じるようになったのは、おそらく1950年代後半以降のことであり、より突き詰めて言えば、1964年に開業した「新幹線」が、これを技術的に容易にしたものと思われる*1


農村部から都市部に出てきた者にとって、故郷とは農村部である。ところが、その子息となると、もともと都市部で生まれ育っているので、「町田」や「多摩」や「千里ニュータウン」が故郷ということになる。こういう都市部で生まれ育った人間の割合が増えてくると、帰省ラッシュというものは成立しにくくなる。イギリスで帰省ラッシュが起こらないのは、「絶対核家族」であるのもさることながら、既に20世紀初頭までに都市化を達成したからに過ぎない。日本もいずれ、帰省ラッシュの程度が弱まるであろう。


したがって、帰省ラッシュとは、「圧縮された工業化」が生じた国で発生しやすい、ということになる。つまり東アジア諸国である。中国の旧正月帰省ラッシュは年々凄まじいことになっているが、これとて、20年前にはあまり見られなかったことである。

*1:東京在住の北海道出身者が、故郷に簡単に帰省できるようになったのは、民間のジャンボジェット機が東京と北海道の各空港を結ぶようになってからのことだろう。かつては、東京-札幌間を移動する手段としては、フェリーか、あるいは寝台夜行と青函連絡船を乗り継ぐしかなかった。どちらにしろ丸30時間ぐらいかかっていたはずである。これでは帰省した途端に引き返さなければ仕事始めに間に合わないから、そうそう簡単には帰省できなかったのではないかと思われる。わが国で民間のジャンボジェット機が就航するようになったのは、1970年代以降のことであり、たかだか30年程度の歴史に過ぎない。